私の職歴㉒ ~最大の危機~

天国から地獄へ


2014年 クルーズを始めて5年。
通常の旅行とクルーズとが、売上、利益ともに並びました。

ホームページから、ありがたく、関西だけでなく、全国からお申込いただきました。
乗りに乗っている時。
ここで満足することなく、先に進みたい。

ある日、商工会議所主催の「ITを使い売り上げ倍増」セミナーに参加。

ITのことなど、全く知らなかった純粋無垢な私は、
商工会主催の講師なので信用できると、
その方に毎月1回、来社してもらい、ホームページをよりよくべく、
支援契約をしました。

約3か月支援を受け、これはこうやった方が良い。
こういう企画、これは特許を取った方が良い。
いろいろなアイディアがでました。
旅行には行った事がない人だったので、素人感覚の意見も重要だと聞き入れ、
今回は、言う通りにしようと思いました。

そのアイディアがホームページに反映するには、
それまでのホームページ作成の人はまた別で、システムを構築していたので、
作成者が入って操作をしないと難しいとの事。

いっそのこと、その人にホームページを1から作ってもらった方早い。
全てを託そう。

スタッフは、その頃、完全にその講師を不審に思っていました。
話していて、笑ってごまかす癖があり、
知識がない事を見抜いていて、反対してました。

私も、おかしい部分があるのは気付いてましたが、
怖がっていては、前に進めない。かけてみようと思い、スタッフを説得しました。

初めに質問票を記入するところから始まりました。
・会社の強み ・ホームページに何を求めるか ・どの客層がターゲットなど、
多岐にわたっての質問に、考えて真剣に取り組みました。
こういう細かい事を分析して、戦略を立てる。

ホームページは、ブログタイプが有利。
なおかつスマホ対応のページで決定しました。

ホームページを作りながら、毎月の支援は続けてました。
いろいろなアイディアを新しいホームページに取り入れるべく。

2014年8月から支援を開始し、10月にホームページ作成契約。
その時期には、今までのホームページの更新を止めて、
新たしいページ作成の為、全力を尽くしてました。

今までのページは、更新をストップしたので、アクセスが徐々に減り、
比例して問い合わせも減ります。

新しいページに生まれ変わり、その分を浮上しよう。

年が明けても、案すらでません。
沢山のアイディアがあって、そのシステム構築で、
苦戦しているのだと思ってました。
焦らして妥協するのは、避けたいので、時間をかけた方が良いものが作れると思ってました。

やっと形になったのは、2015年3月。
試作を見て腰が抜けそうになるほどの衝撃。

前のホームページと全く同じデザイン。
誰が見ても前のページの方が良く、
おもちゃみたいな安っぽいホームページ。
半年お金を支払い、考えたアイディアは一切反映されてません。

その頃は、無知で何も知らなかったのですが、
今までのページは、レンタルサーバーを契約し、
ドメインも10年以上の長いもの。

システムも構築されて、更新が簡単にできたもの。
デザイナーが作ったので、かなり完成度の高いものだったのが、
フリーブログで、容量も少なく、他社の広告が入り、
どうしようもないホームページになってしまいました。

長年、使っていたドメインも、サブドメインになったので、
10年以上積み上げてきたものが、この世から消えてしまいました。
デザインよりもこっちの方が重要でした。

そのフリーブログも地域密着型。
店舗の紹介で、更新ページも少なく、お店の紹介レベル。
それまでに、どのブログか聞いてもはぐらかされてました。

フリーブログなので、容量が少ないので、
写真を載せたら、すぐに容量オーバー。

こんなのでは、クルーズのホームページができるわけない。

この時点で、もう後戻りはできない状況。
それでも何とか前に進もうと、全力で新しいページのクルーズコースを作ってました。

その頃には、新規のクルーズの問い合わせが皆無。

不安で夜も寝れなくなり、その分クルーズコースをひたすら作ってました。
少しは寝ても、叫んで起きてみたり。

1日1時間、寝たのか寝ないのかわからない状態が、1週間続きました。
でも身体は元気。
とうとう私は、寝なくても生きていける超人レベルになったと本気で思っていたら、
1週間後の朝、体が動かなく、とうとう倒れてしまいました。

そんなことがありながら、ホームページを公開したのが、2015年4月。
おもちゃみたいな安っぽいホームページに半年もかかったのです。
ホームページ作成の代金以外にも、毎月支援で支払っていたアイディアは、
全く反映されず、そのうち後から付けていくとのこと。

以前のページでは、2週間で問い合わせがあり、決定したのですが、
全く問い合わせがありません。
その間、私の頑張りが足りないのだと、
クルーズ以外の旅行業の営業をストップして、
全力でホームページにクルーズコースを作成しました。
5、6、7、8月が過ぎても問い合わせは皆無。

その自称講師は、おもちゃのホームページを引き渡した時点で、音沙汰なし。

連絡してみると、「はぁ~!?」
「問い合わせがないからと言って、人のせいにするな」
と、お前呼ばわりをされました。

商工会にも苦情を言いましたが、
おもちゃのホームページでも作成して、受け取ったので詐欺にはならない。
商工会主催のセミナー講師は、資格も何もなくても誰にもできて、
吹田商工会だけでも講師が200人いるとの事。

以前のように、本来の旅行をメインにして、
クルーズを適当にする事もできましたが、
クルーズを知ってしまった以上、クルーズをメインでやりたい。
こんな良いものを、1人でも多くの方に知っていただきたい。

2015年8月見切りをつけて、
またゼロからやることを決意。

この時点では、人への感謝、自分の過ちよりも、
その人への恨みしかありませんでした。


私の職歴㉑ ~一生忘れることない、大事な言葉~

「情報ライブ ミヤネ屋」全国生放送出演


2011年の東日本大震災から半年以上過ぎ、徐々に予約が入ってきた頃。

2012年1月13日 イタリア・ジリオ島で、
イタリアのクルーズ船 コスタ・コンコルディアの座礁・沈没事故が発生。

なんでまた!!
やっと予約が入ってきた時に。
また当分、クルーズはダメだと思っていたら、
1月17日(火)16:30頃に読売テレビのディレクターから一本の電話。

明日、「情報ライブ ミヤネ屋」でコスタ・コンコルディアの座礁・沈没事故の
特集をやるので、解説をお願いしたいとのこと。
二つ返事で承諾しました。

終了後、何で大手に言わなかったのかを聞いたら、
真っ先に何社か大手に声をかけたらしいのですが、
広報を通して、審議してから出演するかを検討。

情報番組なので、新鮮さが売り。
そこで私に声がかかったのです。

夕方から、パネル制作で連絡を取り合い、翌日、11:00に読売テレビへ。
全国放送で少しでも綺麗に映りたいので、朝一番、散髪へ。
いつも行きつけの平日の朝の大衆理容は、おじいちゃんの溜まり場。
大分待ってから、散髪し、時間ギリギリで読売テレビへ。

車で行ったら、警備の方に、「森本さんですね。お待ちしておりました。」
さらにスタッフの方が、楽屋で案内していただきました。
「今回、一番良い控室をご用意してます。
本来は禁煙ですが、特別にタバコ吸ってもいいですよ。」

入口のドアには、私の名前。
他の楽屋のドア看板には、いつもテレビで見ている芸能人がずらり。
楽屋に入ったら、豪華な弁当、飲み物などが用意されてました。

ミヤネ屋
ミヤネ屋

初めてのテレビ出演。
リハーサルを行い、訳も分からなかったので、普通に話していたら、
私が、話ができるとのディレクターの判断で、
当初は、コメンテーターの席に座って解説する予定が、
宮根さんの横に立って話すことに。

本番までメーク室で、タレントさんの横でメークを行い、
スタッフが呼びに来ました。
「先生、そろそろお願いします!!」

先生!? 私が先生!?
生まれて初めて「先生」と呼ばれました。
この一言で舞い上がってしまいました。
何か一気に偉くなったような、完全に舞い上がりました。
世の中で先生と呼ばれている方は、別世界に行く危険性があることがわかりました。

いざ全国生放送本番。
この日のトップから、45分程出演しました。
「先生」の一言で、舞い上がってしまい、本番中は夢の中でした。
ただ、尊い命が失われているので、発言に気を付けました。

言いたいことの1/10も言えませんでした。
もっと面白くできるのに。悔しかったです。
次は、要領が分かったので、もっともっとうまくできます。

終了し、高価な弁当をお土産に会社に帰りました。
すると、電話が次から次へ、ひきっきりなしに。
本番中から、電話がなりっぱなしで、スタッフはテレビを殆ど見ていない。

本番中、テロップに、
「(株)ビガー・トラベル・サービス 森本 哲也」
だけでていて、連絡先は出てません。

それから1ヵ月、電話、メール、来客。
日本全国からのお問合せの対応で、殆ど寝れませんでした。
「クルーズがこんなにお手頃に行けるなんて知らなかった」が、
圧倒的に多く、クルーズの可能性を実感しました。

一生忘れることない、大事な言葉


福岡のお客様が定年記念旅行を地中海クルーズをご決定いただきました。

長年、仕事一筋の方で、自分へのご褒美。
初めご夫婦で行く予定が、東京に住む娘さんご夫妻も、
この機会に行こうとなり、福岡、東京からシンガポールで合流し、地中海クルーズ。

ご旅行から帰国され、奥様が電話で、予想以上に楽しめたと、
おっしゃっていただきました。

7泊のクルーズ中、天気に恵まれ快晴。
船は多少揺れると思っていたら、全く揺れなく、船内に居ることを忘れたとのこと。

奥様との話中に、主人が一言、言いたいと換わりました。

「60年生きてきて、こんな楽しい、素晴らしい思いはなかった。ありがとう。」

嬉しくて、ありがたくて目頭が熱くなりました。
あれから4年経った今も、この言葉が、事あるごとに思い出し、
この言葉が私の全てです。

忘れることない、大切な言葉です。

あれから奥様、娘様とも北欧クルーズにご一緒しました。
その時ご主人は、白内障の手術でご参加できませんでした。

私にとって、大切な人。
2年前、福岡のご自宅までご挨拶にお伺いし、お父様とお会いでき、
お礼を言うことができました。

今朝、12/01(木)、娘さんから、
11/27にお亡くなりになったとの連絡がありました。

このブログは、昨年の2016年 12/01に書いたのですが、
公開する気になりませんでした。


私の職歴⑳ ~クルーズ専門旅行会社へ~

クルーズ販売開始!


2008年1月の初クルーズ乗船後、全てがクルーズ一色。
販売するにあたり、右も左も分かりません。
どこで仕入れて、どのように販売するのか。

まずは、ホームページを立ち上げべく、デザイナーさんと知り合い、
綺麗なホームページを作っていただきました。

ホームページオープンの2週間後、
東京のお客様からお問合せいただき、即決定!!

それまで、地域のお客様、遠くても関西のお客様しか、
お取引することがなかったのですが、
日本全国、海外移住の日本人のお客様からも、
お問合せをいただくようになりました。
ホームページ、インターネットの凄さを初めて実感しました。

インターネット以外にも、パンフレットを3万部を業者に作成。

朝5時からのポスティング。
駅前でパンフレット配り。
パンフレットと別にその時期に合わせたおすすめのコース・代金を添えて配布しました。

印刷して織り込みの作業。これがかなりの労力と金額です。
初めは、カラーで印刷してましたが、トナーが1週間ももたなく、
トナーをそのたびに購入しましたが高く、予想以上になくなるのが早い。
その後、白黒にしました。
それをパンフレットと3つ折りに。
これがかなりの労力。一日配る分を折るのが2時間。
広告代理店にお願いした方が能率が良く、安くついたと思います。
その道で生計を立てているプロにお任せすべきでした。

3万部配って決定したのが3件。

新聞広告も行いました。
何回か出しましたが、お問合せはいずれも皆無!!

ポスティング、駅前の配布、新聞広告、効果がありません。
一番効率が良いのは、私のお客さんに提案すること。
これが一番確実に取れます。
そこからご紹介していただき営業に行く以前と全く変わらないやり方です。

それ以外は、ホームページです。
本当にありがたく、全国からお問合せをいただきます。

あくまでホームページは窓口。
ホームページからのお客様も一回だけでなく、
さらにはクルーズだけでなく、旅行に行くなら、ビガー・トラベル・サービスに。

クルーズだけではなく、全て取り扱うので、
空港チェックインから、ホテル、送迎、
クルーズの楽しみ方、帰国まで、
安心して楽しんでいただけるように、全力で挑んでいます。
「想像を以上の満足を」が私の使命です。

丁度その頃、リーマンショックで、団体旅行、会社の社員旅行が中止。
クルーズ以外の仕事殆どがなくなりました。

クルーズは個人旅行なので、殆どキャンセルはなかったです。

クルーズの仕事も徐々に増え、それまでの団体旅行も徐々に復活した頃、
2011年3月11日 東日本大震災。

こちら関西でも自粛ムードになり、一般の旅行は全てキャンセル。
この時もクルーズは、キャンセルになりませんでした。

こういう時だからこそ、被害のない西日本では、
元気にバンバン日本全国にお金を回すべきです。
一緒になって自粛してては、沈んだままで立ち上がれません。

旅行は、生活に直結しないので、最後の最後です。
半年間は、新規予約がありませんでした。


私の職歴⑲ ~クルーズとの出会い~

クルーズは違う世界のもの


私はずっと旅行業ですが、
クルーズのイメージは、世界一周。一部の成功者の為の旅行。
長い、高い、退屈。
私には無関係と勝手に思い込んでました。

ある日、本屋でアジアクルーズが5万円の書籍を見つけました。
読んでいるうちにワクワク・ドキドキ。
計算したら、クルーズ、AIR、ホテル入れても10万円ちょっと。
これだったら、行ける!
何事も実際に体験しないと分からない。

初めてのクルーズ乗船


その数ヶ月後、初めてのクルーズ乗船。
シンガポール発着 マレーシア・ショートクルーズ 

ロイヤル・カリビアン・インターナショナル
レジェンド・オブ・ザ・シーズ 7万トンクラス

クルーズは、4泊。
シンガポールを出港して、マレーシア・ペナン島、ポートクランに行くコース。
クルーズだけなら面白くないので、クルーズ乗船前のシンガポールで1泊。
クルーズ乗船後に、バリ島で2泊。

キャビンは、断然バルコニー付き。
さほど変わらなかったので、Jr.スイートを手配。

関西空港から直行便であっという間にシンガポール。
夕方、シンガポールに到着し、ホテルはチャイナタウン地区。
ホーカーズ(屋台街)で、B級グルメを堪能し、
セントーサ島で光のショー。クラークキーの川沿いをブラブラ散策。

いよいよ翌日、シンガポール・シティセンターからクルーズ乗船。
ロイヤル・カリビアン・インターナショナル初めてクルーズ船を目の当たりにして、想像以上に大きく、ただただ驚きました。
動くホテルとはこの事です。
我慢できず、走って乗船手続きをしました。

ワクワクする高揚感。
乗船前は、今でも変わりません。
この感覚は、クルーズならではです。

乗船したら、吹き抜けのアトリウム。
明るい開放的な雰囲気。
船内に居るとは思えません。

そして、キャビンへ。
目の前に海。
バルコニーからは海を独占。
船は天井が低いイメージですが、全然そんな事無く、ホテルそのものです。
Jr.スイート以上には、バスタブがあるので、ゆったりと入浴。 そして、レストランへ。
食事・ルームサービスは、クルーズ代に含まれる。
メインレストランでは、前菜、サラダ、スープ、メイン、デザートが、
決まっているものだと思ったら、数種類から選ぶことができる。
食べれるのであれば、いくつ注文しても良い。

頼みました!
食べまくりました。
また美味しいのです!

食後にシアターへ。
毎晩ショーが行われてます。
シアターは、ショーも設備も本格的。
これを毎日観れるの!?と、感動しました。

ショーを鑑賞後は、カジノ。
その後、満腹でしたが、ビュッフェレストランで、
軽食をいただきました。

いたるところにバーがあり、
静かな雰囲気のシガーバー、ショーを観ながら、ディスコなど、選択が多い。
キャビンに戻ると、バルコニーで夜風に吹かれながら、
満点の星を鑑賞。

これだけ動いても、まだ船内は一部しか行ってない。
何なんだ。クルーズ!!
楽しすぎるぞクルーズ!!

翌日、目覚めると、マレーシア・ペナン島に寄港。
下船してその街を楽しむのも、船内でゆっくりするのも自由。
出港時間に遅れなければ、その時の気分で風まかせ。

出入審査、税関等は、クルーズ会社が事前に行っているので、
船の出入り口で、カードをかざすだけで乗下船できるのです。
だから、審査で並ぶ必要なし。

ぶらっとペナンの街を散策し、お腹がすいたら、
船に戻り、昼食をとる。
また、外に遊びに行くということもできるのです。

昼食は、船内でハンバーガー。
映画でみるような、でっかい本場アメリカのハンバーガー。
ナイフ・フォークでいただきます。
うまい!!ホットドックも食べよう。

船内では動き回り、寄港したら動き回り。
歩きすぎ、足に豆ができました。
その中に二重に豆ができたのは、初めての経験です。

下船前夜のメインレストランでは、ウェイター全員による、
歌の合唱。お別れの挨拶。

シアターでは、キャプテンをはじめ、クルーによるお別れの挨拶。

4泊のショートクルーズは、あっという間でした。
明朝、降りるとなると何とも言えない寂しい気持ちに。

下船前夜、バルコニーで、海を眺めながら思いました。
こんな素晴らしいものを、何で今まで知らなかったのだろう。
今まで何をやってきたのだろう。

クルーズは物語。起承転結。

乗船前の高揚感。
クルーズ中は、自分の好きなように過ごし、
人(クルー、乗客)との交流。
下船前夜のなんとも言えない寂しい気持ち。

クルーズ乗船前は、良いものだと思ってましたが、
そんなレベルではない位、衝撃を受け、涙が出るほどでした。

旅行業をやっていて、お客さんに喜こんでいただくにはどうしたらよいか。
いつもずっと考えてました。
今まで、お客さんのご要望で企画して、出来上がったものを提供していただけでは。

シンガポールに戻り、クルーズ下船後、
もうひとつの楽しみであったバリ島。
奮発して、リッツカールトン(現アヤナ・リゾート)に宿泊。

バリ島でも、クルーズから頭が離れない。
バリが完全に色褪せました。

クルーズの金額は、通常の海外旅行に行くよりも、お手軽に行くことができ、
お金の心配なく、思いっきり贅沢ができる。
一部の成功者だけのものではない、誰でも乗ることができる。

私はこれでやっていく!!
クルーズ初乗船は、私の人生を変えた出来事でした。
バリ島


私の職歴⑱ ~ピンチはチャンス~

トラブル発生


開業後、お客様もご紹介いただいて、業績も順調で年々右肩上がり。
開業して3年。そんな時、事件は起こりました。

お客様からご紹介いただいた会社で、かなり業績が良く、年に2回社員旅行。
うち1回は海外で、1回の旅行で大台越えの売上。
上得意のお客様です。

幹部のでラスベガス旅行前夜の23:00。
ロングフライトに備え、お客様全員のエアー枕をドンキホーテに買いに行ってました。
購入後、車を出そうとした時、1本の電話。
表示には明日からラスベガスに行く会社の社長。
「パスポート切れてるぞ!!」
確認したら、一人のお客様のパスポート残存が切れてました。

現在、23:00過ぎ。
出発は朝一。どうすることもできません。
もう謝るしかありません。

社長は、大事な社員を一人置いていくことはできない。
行くなということだ。
と、全面キャンセルになりました。

朝一、お客様の会社玄関で、一人ひとり謝罪をしに行きました。
結局、社長はその日、出社されませんでした。

当日のキャンセル料50%。
これを全部持つことになったら、完全に潰れます。
かといって、私が逃げたら、返って逆鱗に触れ、
これから商売できなくなります。

腹を括り、すぐには払えないので、毎月こちらが支払える分だけお願いします。
と、お願いに行きました。

社長とやっと会うことができ、
「キャンセルしたのは、こちらの勝手だから、あなたが支払うことはない。」

弊社スタッフには、ここが人生のポイント。
今回のミスをしっかり検証して、チャンスに変えよう。
何年かかろうが、また取ろう。

ピンチはチャンス。
その時、ずっと自分に言い聞かせ。
失敗したら、挽回するしかない。

あれから12年、毎年お伺いしてますが、お仕事はいただけません。

本当に申し訳なく、今も胸が痛みます。

私の宝物


違う会社になりますが、
ある日、社員旅行の添乗で、朝、出発前にお客様の旅行冊子を見たら、
こんな冊子を作っていただいてました。

嬉しくて嬉しくて、出発前に涙が溢れてしまいました。
これが私の大事な宝物です。
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