アマ・ウォーターウェイズ メコン川クルーズ
ベトナム~カンボジア 12日間【全国空港発着】

ラグジュアリー船で航く メコン川クルーズ ホーチミン~シェムリアップ 12日間


Icon_full クルーズ+飛行機+ホテル+観光+送迎をセット

アジアの大河・メコン川。
チベット高原に源流を発し、中国、ミャンマー、ラオス、タイ、カンボジア、ベトナム.
6か国にわたり、約4200キロにわたって流れます。
ベトナム~カンボジアを7泊かけてクルーズ。

船は、ヨーロッパのラグジュアリーシップ。
アマ・ウォーターウェイズ。
料理、サービス、ホスピタリティどれをとっても一流です。

ゆっくりと味わうように旅をする。
ヨーロッパクルーズのように、古城の名所、歴史を巡りませんが、
登る朝日、沈む夕日、地図にも載らない素朴な村、温かい人々との出会い。

忘れることができない思い出を。
今、私が一番行きたい旅。
このコース惚れ込みました。

日本各地より、空路ベトナム・ホーチミンへ。
日本語ガイド&専用車でお出迎え、市内観光。
ホテルは、ニューワールドをお見積りしました。
ベンタン市場前のデラックスホテル。
クリントン大統領が現役の時に宿泊しました。
ベンタン市場から、ドンコイ通りまで徒歩約15分の距離。

翌日、船会社送迎車でミトーの乗船場より出航。
キャビンは、一番下のクラスでもバルコニー付き。
アマ・ウォーターウェイズの一流の料理、サービス、ホスピタリティを堪能して下さい。

クルーズは、名所、旧跡はないので、
その分、本来のクルーズを堪能できます。
メコンに沈む夕陽をゆっくりと鑑賞。
時間はたっぷりとあります。

7泊8日のクルーズを下船し、シェムリアップまでは、船会社の送迎車。
シェムリアップのサライ・リゾート&スパで2泊。
コロニアル風のセンスの良い、デラックスホテル。
場所にこだわる場合、パーク・ハイアット:お一人様(2泊) ¥10,000-UP
翌日、日本語ガイド&専用車でアンコール遺跡観光をお付けしております。

時期的には、雨季です。
一日中降り続くことはめったになく、夕方のスコールくらいです。
ローシーズンで、船、ホテル代が割引があり、
今回、この内容でこの値段です。

海のクルーズと違い、リバークルーズは、乗客120名の小型船なので、すぐに完売します。
ご予約はお早めに!!

ホームページでは、ホーチミン⇒シェムリアップ
2017年 ①8月06日(日)-17日(木)、②8月21日(日)-31日(木) 10泊12日
にてご案内しておりますが、
シェムリアップ⇒ホーチミンも設定がございます。

お問合せいただきましたら、すぐにお見積りご案内致します。

アマ・ウォーターウェイズ メコン川クルーズ ユニット Icon_full


アマ・ダラメコン川クルーズ ベトナム~カンボジア 12日間【関西発着】
クルーズ+航空券+ホテル+観光+送迎にてご案内
【旅行日程】 ■2017年 ①8月06日(日)-17日(木)
  ②8月21日(日)-31日(木) 10泊12日
【発着空港】 ■関西空港発着
【客船】 ■アマ・ウォーターウェイズ アマ・ダラ
【旅行代金】 ■お一人様(2名様1室):268,000円~
ラグジュアリークラス クルーズツアー

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アンコール遺跡メコン川クルーズ ベトナム~カンボジア 12日間【成田発着】
クルーズ+航空券+ホテル+観光+送迎にてご案内
【旅行日程】 ■2017年 ①8月06日(日)-17日(木)
  ②8月21日(日)-31日(木) 10泊12日
【発着空港】 ■成田空港発着 
【客船】 ■アマ・ウォーターウェイズ アマ・ダラ
【旅行代金】 ■お一人様(2名様1室):268,000円~
ラグジュアリークラス クルーズツアー

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アンコールワットメコン川クルーズ ベトナム~カンボジア 12日間【中部発着】
クルーズ+航空券+ホテル+観光+送迎にてご案内
【旅行日程】 ■2017年 ①8月06日(日)-17日(木)
  ②8月21日(日)-31日(木) 10泊12日
【発着空港】 ■中部空港発着 
【客船】 ■アマ・ウォーターウェイズ アマ・ダラ
【旅行代金】 ■お一人様(2名様1室):268,000円~
ラグジュアリークラス クルーズツアー

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タプロームメコン川クルーズ ベトナム~カンボジア 12日間【福岡発着】
クルーズ+航空券+ホテル+観光+送迎にてご案内
【旅行日程】 ■2017年 ①8月06日(日)-17日(木)
  ②8月21日(日)-31日(木) 10泊12日
【発着空港】 ■福岡空港発着 
【客船】 ■アマ・ウォーターウェイズ アマ・ダラ
【旅行代金】 ■お一人様(2名様1室):253,000円~
ラグジュアリークラス クルーズツアー

メコン川クルーズ


BS-TBS 極上のクルーズ紀行 メコン川クルーズが放送

先週、ポナンクルーズに乗船しました。
フランスの美食船のレポートをこれから書きますが、
その前に、ベトナム・ミトー~カンボジア・シェムリアップへ、
メコン川クルーズにご案内致します。

今回の客船は、乗客48名定員。
メコンの大河を眺めながら、ゆっくりのんびりと、旅を味わえます。
ヨーロッパ・リバークルーズとは、全く違う良さがあります。

BS-TBS 極上のクルーズ紀行で、インドシナ半島 メコン川クルーズが放送されます。

10月23日(日) 17:00~18:45
「メコン川で出会う“インドシナの微笑み”アンコール遺跡群を目指して」

悠久の大河メコン。
インドシナ半島を貫くこの川の下流域に広がる巨大な三角州「メコンデルタ」の街、
ミトーからメコン川を遡上し、ベトナムとカンボジアの2カ国を巡ります。

高級感と温かみのあるリバークルーズ船「メコンパンダウ」は、
クルーの高いホスピタリティにも定評があります。
今回は、希少なイラワジイルカにも遭遇することが出来ました。お楽しみ下さい。

●クリックで拡大します。


メコン川クルーズ


私の職歴⑮ ~カンボジアから日本へ帰国~

帰国を決断


私自身には直接はなかったのですが、ずっと脅迫があったのは知ってました。
プノンペン本社の三浦社長へ、毎日のように脅迫の電話。
何も気にすることはないと、言ってましたが、
ある日、その標的が三浦社長の子供に。

子供の誘拐の脅迫。
私だけだったら、なんてことないのですが、
子供を出されたら、参ってしまいます。
もう疲れました。

私が辞めれば解決することです。

2002年3月31日退社しました。

完全に私の失敗です。負けました。
一部のカンボジア人との軋轢。そのたちの動かし方。

善い行いと信じて行動しても、結果がこうなれば負けを認めないといけません。

幸せとは


日本NGOの人権団体が、一年に一回、ある村の支援に団体で訪れます。
貧しい村に学校をたてて、物資を送り支援する団体。
日本の大手旅行会社からの手配で我社で行ってました。

ある日、その村の子供たちがアプサラダンスをするので、
昼食を団体で取る代わりに舞台を貸してほしいと交渉しました。
当日、そのレストランには一般のお客さんも利用してました。

私は、お騒がせしてご迷惑をおかけします。
と、他の一般の客に言いまわってたら、
その団体の一人のマダムが、
「この子たちは貧乏で、その子たちが一生懸命に練習してきたの。
 あなたボケっとしてないで、この子たちの為、
 見てる人たちにお金をもらってきなさい。」

私はその場から、そっと逃げました。
するとそのマダムがしつこく追いかけてきて、
「なにしてるの!!早くやりなさい!!」
と、鬼の様な形相でまくしたてられました。

すみません。私にはできません。
「あなたクビ!!」
「もうあなたの会社は利用しない!!」

偽善行為は、やりたい人がやればいいと思います。
それは否定はしません。
ただ、人に押し付けることは、私は拒否をします。

その方からみれば、貧乏なだけ。
幸せ、不幸は自分自身が思うことです。

私から見れば、何もストレスもなく、
食べるものは、年中温暖な地なので、そこら中に果物等あるので、
寒さで凍死することもありません。
その村の人たちの方が幸せに見えます。

よく日本の報道で、学校オープンばかりが、
クローズアップされてますが、
建物が過多になり、教師が不足してただの箱になっていることもあります。
そういう報道はどこもしませんし、
本当に必要な地道に人を育てることは、絵にならなく、感動を売りにできにくい。
派手に建てたその企業なりが、社会還元という売名になり、
絵になり、感動を売りにできやすい。

私も善い行いと信じて、押し付けていたのです。
ただ、今あの時に戻れても、
全く同じ行動をとっていると断言できます。

今回、カンボジアでは、失敗もあり、挫折しましたが、
立て直して、もう一度挑戦しようと決意しました。

チャンヤには、必ず戻ってくる。
一緒にやろうと、約束しました。

あれから16年たった今、カンボジアには戻れてない。
チャンヤとの約束がまだ実現してません。
今も、思うたびに胸が痛くなります。

退社の日、送別会を開いていただきました。
カンボジア人の酒は楽しく、笑い声ばかりになりますが、
チャンヤは怒っていて、今日は楽しもうと言ったら、
「なんで正しいことをやってきたのに、辞める羽目になった。
 みんな分かってない。よく騒げるな。」

一人でも、心から信用できる人と知り合った。
この人の為ならと今でも変わりません。
それだけでもカンボジアに来た意味がありました。

2-3日滞在して、シェムリアップを離れました。
まだアンコールワットを写真で撮ってない。
急いで離れる前日、アンコールワットで写真を撮りました。

アンコールワット

 


私の職歴⑭ ~チャンス~

先日のバンコクで


カンボジアに来て1年以上が経ちました。
上倉さんが入り、精神的に楽になりました。

このお盆に、タイ・バンコクへ行き、上倉さんとお会いしました。
今年、2016年5月から、カンボジアからタイへ異動。
カンボジアに住んでいた時より、驚く程、顔色が良くなってました。

毎朝、満員のBTS(高架鉄道)で通勤しているとの事。
カンボジアでは、車、バイクで、ドアtoドアで、歩くことがまずありません。

バンコクに来てから、1日/1万歩近く歩き、汗もかきにくい体質になってました。
その夜、Hook Shark-Fins Restaurantへ。
フカヒレとアワビをご馳走になりました。

いつものように話が盛り上がり、
普段の私は、あまり飲まなく、ビール1本飲んだら、相当飲んだレベル。
この日は、二人でシンハビール10本以上あっと言う間に空けました。
美味しかったです!ご馳走さまでした!!

日本食レストラン「銀河」オープン!


話は、15年前のカンボジア滞在時に戻ります。

ホテルのレストランで毎食行くことはできず、
自炊するようになりました。
パサパサご飯を炊き、おかずは魚醤にニンニク、唐辛子を入れたタレのみ。
もしくは、タイ製インスタントラーメンにこのタレをぶっかけ。

毎日、唐辛子を食べていると、辛さに口が麻痺をするせいか、
日に日に唐辛子の量が増えていきます。
その時、日本で激辛大会があれば、優勝したと思います。

そんな食生活でしたが、ある日、日本食レストランがオープン。
「銀河レストラン」シンガポール人経営で、主な素材はシンガポールから空輸。
毎食のように行くようになりました。

値段は日本の定食屋と同じ程度。
出前を交渉し、昼食に弁当を出前するようになりました。
$5-でトンカツ弁当か鯖弁当の2種類。
日本で食べたら、今ひとつのレベルですが、その時は本当に美味しかった。
1年間、昼食はトンカツ弁当か鯖弁当。

トラベル懇話会 カンボジアへ


日本の大手旅行会社のお偉いさんが、ご夫妻15組程で、毎年世界へ旅行に行きます。
その評価により、鶴の一声で、会社の将来が大きく変わります。

その年、ベトナム&カンボジアに決まり、当社に決定します。
失敗は許されない大仕事であり、大きなチャンス。

ガイドは、チャンヤ。
いつもやっているように、後悔のないように、精一杯やろう!!

知りたいのは、遺跡の歴史でなく、
カンボジアの歴史、日常、考え方、政治、宗教、日本をどう思うか。
できたらポルポト時代の話も聞きたい。

どの業界でも同じように、旅行業では特に、政治、宗教の話はご法度。
でも、相手を尊重し、嫌な思いをさせない言い方もあると思います。

チャンヤには、
失敗したら、私の責任になるので、何も心配しないで下さい。
チャンヤが、どこまで本音で話せるか。
出し切ろう!!

チャンヤにとっては、大チャンスです。
成功すれば、カンボジア ナンバー1ガイド。
指名がかかり、仕事には困ることがなくなります。

何としてでも、成功するぞ!!
Chanya3                ●チャンヤ 2014年撮影

事件発生


トラベル懇話会がカンボジアに来る3日前、事件発生。
私の貯金が全部なくなっていました。

カンボジアに銀行はあるにはあるのですが、
いつ潰れてもおかしくないので、
お金は、自宅の机の引き出しに鍵をかけてました。

普通、その引き出しは開けませんが、その日何気なく開けたら、
スッカラカン。
日本円で150万円位。目の前が真っ暗になりました。

家のオーナー家族が取るはずもなく、
メイドさんを疑ったのですが、泣いて絶対してないと主張。

日本大使館の知り合いの方に連絡。
カンボジアの警察に言ったら、逆に狙われる。

その方は、群馬県警からの出向で、大使館の警備責任者の桜井さん。
熱い男。魅力ある方で、この国に「交番」を普及させることが使命。

日本大使館は首都プノンペンにあるので、
たまにシェムリアプに来た時は、必ずご連絡をいただき、
気にかけていただき、いろいろお世話になりました。
(一緒にいろいろ悪いことも)

桜井さんにその件を伝えると、
よーし!カンボジア初めての指紋採取だ!!
と、シェムリアップ警察署長にすぐに連絡し、
直々に、国を挙げての大事件捜査。

調書を受け(殆ど通じない)、いざ家宅捜査。
悪徳警官(カンボジアでは警官全て悪徳と思ってました)が10人程、家に入り、
机の大きさ、ドアの大きさ、入り口から冷蔵庫までの距離を、メジャーで図り、
冷蔵庫の中身も調べられ、
その時点でこりゃダメだと確信しました。

そして、いざ、カンボジア初の指紋採取。

誰かに教わって来たのですが、本人たちは誰一人理解してません。
何回もやっているうちに、もう駄目だ。と、
暑いから、指紋が取れないと、グジャグジャにしてしまいました。
家中が指紋採取の汚れ。

帰り際に、今晩飲みに行くからお小遣いくれ。
冷蔵庫に入っているもの貰っていいか。

渡さないと報復があります。
案の定、スッカラカンになってしまいました。

翌日、気落ちして放心状態。
ホテルでの打ち合わせで、ロビーで座り、そのまま移動。
あっ!!鞄を忘れた。
すぐに行ったら、当たり前ですが、鞄ごとなくなってました。
昨日、お金を取られ、用心し全財産を鞄に入れてました。

何で夜遅くまで無給で、ガイドの仕事を手伝い、
クレームをなくそうと、命まで張って、狙われてる。
そしてカンボジアで頑張った分(殆ど日本からの貯金)が、全てなくなりました。
腐って辞めようかと真剣に考えました。

この先、長い人生で、ここで逃げたら、一生逃げることになる。

元々、何もなかったではないか。
冬の寒い日、自動販売機の前で、100円の温かい缶コーヒーを買うか買わないか、
30分悩んでいた頃から比べたら、こんなの大したことない。
また頑張るしかない。と、自分に言い聞かせました。

明日から、大仕事。
チャンヤは、人生を変える程の大チャンスの仕事。
腐っている場合じゃない。

当社の日本社長ご夫妻が添乗、ホスト役で同行。
入国審査素通り。(三浦社長が全て段取り)、

失敗するよりも、あの時、これをやっとけば良かったという、後悔だけはしたくない。
私もチャンヤとともに、ずっとお客様に付き、
2泊3日、全力を尽くしました。

帰りの空港で、日本本社の社長に、
「お礼状をお送りしたく、皆様のお名刺をいただきたく、ご挨拶してよろしいでしょうか。」
と、お伺いしました。

「バカヤロー!!、まだ、いただいてなかったのか!!
 自分から求めなかったら、何も動かないぞ!!」

目からウロコとはこのことです。
この言葉は、今でも私の基本です。
自分から求めなかったら、何も始まらないことを学びました。

これをきっかけに、チャンヤはカンボジア№1ガイドに。
チャンヤより日本語がうまいのは、他にたくさんいるいます。
心です。

その件以来、お金は銀行に預けました。
マレーシア資本のOverseas bank。

1年がたち、
その銀行に、外国人預金者が殺到している。と聞きました。
すぐに行ってみると、外国人が10名程、解約手続きに。
お金を返してもらえないとの事。

行列でやっと私の番に。
マレーシア人支店長に、すぐ解約と言ったら、
今、本店より送金待ちで、今はない。
日本人を尊敬している。
他の外国人より先にあなたに連絡する。

それでも、すぐに解約と粘って交渉しましたが、
家族がこの2階に住んでおり、逃げも隠れもしない。
日本とマレーシアの絆は深い。
我々は仲間だ。安心しろ。

翌朝、シャッターが閉まり、張り紙。
異議申し立ては、国際金融裁判所へ。みたいなことが貼ってある。
すぐに国内線でプノンペンのOverseas bankへ。
シャッターが閉まり、同じ張り紙。

なんでこうなるの!?

そうこうしているうちに、三浦社長から連絡が。
ずっと、脅迫されてましたが、子供を誘拐すると言ってきてます。
私だけだったら、なんてことないのですが、
子供を出されたら、参ってしまいます。
もう疲れました。

私が辞めれば、問題解決します。
帰ろう。


私の職歴⑫ ~カンボジアでの転機~

日本人との出会い


カンボジアに来て1年。
シェムリアップ初の信号機が設置。
当日、私も見に行きましたが、その信号機に黒山の人だかり。
初めてのガソリンスタンド、カルテックスにスターマートがオープン。
日本のコンビニの様なもので、これで生活は激変しました。
チョコレートがいつでも食べれるようになり、
$1-のホットドックが食べれるようになりました。

ホテルもどんどん建設され、
ロイヤル・アンコールホテルがオープン。
そこに日本人がゼネラル・マネージャーとしてくるとの事。
オープンセレモニーでその日本人GMとご挨拶。

会社の斜め前に位置しているので、
レストランでは、毎回チャーハンか、焼きそばですが、
なかなか美味しく、昼食に一人で行くようになりました。

ある日、一人で食べていると、
その方が、「何をしてるんですか。食べるなら声をかけて下さいよ!」。
すぐに打ち解け、毎日、昼食をご一緒するようになりました。

上倉さん。
卒業後、タイのランドオペレーターに勤務。
その後、カンボジア・プノンペンのホテル、ロイヤル・プノンペンを経て、
ロイヤル・アンコールホテルのGMに。
私より、4歳年上で、海外勤務17年。

仕事抜きに、お会いするようになり、何でも話せる友人になりました。

転機


ある日、日本の本部長(のち社長)から直接連絡があり、
「ニック」は何者だ。と、唐突に聞かれました。
悪い噂が出ており、私がその店をガイドに強制して、売春斡旋し、
荒稼ぎし、独り占めしているということ。
「当社は、売春斡旋はしていない。するなら辞めてもらう。」
しれに対し、私はかなり怒って反論したことを覚えてます。

ガイドが、カンボジアスタッフに言い、それを日本へ苦情として報告。
その他、脅迫は相変わらず続いており、
それ以外にもトラブルは多々ありました。
まだ根に持ったスタッフ、元スタッフが動き回ってました。

すぐに辞めようと思いました。
クレームをなくし、(この頃クレームはほとんどなし)
お客さんに喜んでいただければ、ガイドの収入も増える道筋、
朝から、夜中まで、命を狙われながら、給料以外$1-も貰わず、
何をやっているのだろうと、情けなくなりました。
それに本社の日本人から言われたことが、決定的でした。

ベトナム社の日本人にとことんついて行こう。

その他にも、いろいろありましたが、今、楽になったのは、上倉さんの存在。
いろいろとお話しし、聞いていただきました。

ある日、上倉さんが、ホテルを辞めて、私の会社へ入ることはできないかとの相談。
オーナーとの絡みであまりうまくいってないとの事。
せっかく頑張ってGMまで上り詰めたのに、もったいない。考え直して下さい。

上倉さんが言うには、
上倉さんが、中の仕事を全て行い、
私が、外の仕事(お客さんのフォロー、オプショナルツアー)を行う。
オプショナルツアーの何パーセントを歩合にしましょう。
クレームを出すどころか、お客さんに満足していただき、
お客さんを増やしましょう。
そうすれば我々の給料も増えます。

二人でやるにあたって、絶対にトラブルがあります。
それは、徹底的に話し合いましょう。
どんな事でも話し合い、解決できます。

分かりました。
私も辞めようと思っていたので、上倉さんは1年と言ったのですが、
半年の約束でやることになりました。

三浦社長に相談。「OK!!」
他の人にはそんな対応とらなく、きついので有名です。
私が相談すると、いつも三浦社長は「OK!!」と言ってくれます。
本当にありがたく感謝しておりました。

上倉さんは、ホテルを退社し、
ホテルから私の家の真横の部屋に引っ越しました。

二人で頑張りましょう!!

シェムリアップ